Aloha


 彼女が乱暴にハンドルの真ん中を叩くたび、大きなクラクション音がロアナプラの青空の下に鳴り響く。
 真上にある太陽はアスファルトを焼きつけ、陽炎を生み出している。
 見慣れた道の先にぼんやり出来ているそれを見ることにも飽きてしまった彼女は、車の窓を開けたままエアコンを全開にし、冷たい風を車内に送り込む。
 その一連の動作を終えてから、再びクラクションを叩き鳴らす。
 陽炎のある辺りに見える車の運転手が、驚いたような迷惑そうな顔つきでチラリと彼女を見た。
 彼女はその視線に気づくことなく、クシャクシャになった煙草を取り出して1本口に咥え、火をつける。
「次で出てこなかったら窓に一発ぶち込んでやる」
 不穏なセリフを吐き、快晴の下また怒りを含んだクラクションを鳴らす。
 鳴ったのとほぼ同時に、建物の出入り口から人影が現れた。
 彼が車に近づいてくる足音が聞こえ、彼女はそれを合図に運転席から助手席へと移った。
 彼と車に乗るときは、彼女はいつも助手席だ。
 彼の運転する横で、両足を窓から出して煙草を吹かすのは、そう悪くないと彼女は感じていた。何より二人で車に乗るときはこの位置が自然に思えた。
 イラついている彼女の横顔を見た彼は、すぐに運転席の方へは回らなかった。
 彼女の座る助手席の窓に手をかけ、機嫌を伺うように顔を覗き込む。
「約束の時間ピッタリだったな。ごめん、レヴィ。結構待っただろ?」
 しかし彼女はふんっと鼻を鳴らして不機嫌をアピールする。
「遅ェんだよッ、さっきから何回コイツを鳴らしてると思って……?」
 文句を言いつつ彼を睨むと、彼の服装が目に入った瞬間、彼女は黙ってしまった。
「着替えてたんだよ」
 そう言うと、彼は涼しげな顔で運転席側へと回り、ドアを開ける。
 彼が乗り込み、車が少し揺れた。
「……」
 彼女は自分が咥えた煙草が落ちそうになっている事にさえ気づかないほどに、まじまじと彼を見ていた。
 彼は急に恥ずかしくなり、頬を薄っすら赤らめると、彼女に念を押した。
「い、市場に着いたら、脱ぐからな」
 少しの間を置き、彼女が狭い車内においては少々大きすぎる声を上げた。
「あぁ!? なんで脱ぐ必要があンだよ!? あたしが買ってやったモンをまだ気に入らねェってのか!?」
「着たのを見ただけで満足しただろ?」
 彼は今の自分は駄々を捏ねる子供を宥めているみたいだと思った。
「てンめぇ……いや、いい機会だぜ、ロック。今日は一日中それを着て歩け。それでこの間の事はチャラにしてやるよ」
「えぇ!? アレとコレとは関係ないだろ!?」
「ギブアンドテイク。優秀なビジネスマンだったくせにそんな事も忘れちまったか?」
 こうして。
 制限時間“市場に着くまで”。
 彼の必死の交渉が始まる。