The Fundamental theorem of poker T


 頼まれた時間に店の前に車をつけ、彼は彼女を待っていた。
 しかし、いつまで立っても店から出てこない。
 珍しく酔いつぶれているのだろうか。
 未だかつて彼女が酒でつぶれた様子を見た事がなかった彼は、多少の好奇心と心配が入り混じった気持ちで、車を近くに止めると、店の中まで迎えに行った。

 イエローフラッグという酒場には、ロアナプラでも柄の悪い連中ばかり集まる。初めて来た時は拳銃ばかりが目に入り、恐ろしい場所だと思っていたが、今となっては昔話だ。慣れとは怖いものである。
 彼は彼女とよくこの店に来ている。なんとなく一緒にいる事が多いため、周りからもそう認識されている。一人で居ると、よく“連れはどうした?”だの、“珍しいな、今日は一人か?”などと言われたりもする。
 飲む時は決まってカウンター席だ。
 マスターのバオが無愛想な顔で迎えてくれる。
 店を何回か壊されているにも関わらず受け入れてくれるバオは、顔に似合わず意外と心が広いのかもしれない。
 もちろん彼もバオとはすでに顔馴染みである。店主と客という関係なだけでなく、よく彼女と三人で他愛のない会話をしたする、知り合いというよりは友人に近い関係だった。
 しかしどうやらバオは彼と彼女の関係を言葉にこそしないが誤解している節があった。
 だからこの時、バオは彼の顔を見るなりこう言ったのだろう。
「えらい事になっちまってるぞ」
「いつも通り、相変わらずってとこかい?」
 てっきり彼は店の中の様子を言っているのかと思い苦笑した。
 彼が座ったカウンター席の右斜め後ろの円卓席で、何かを言い争っている声が聞こえていたから。
「バオ、レヴィを見なかった? 迎えを頼まれてたんだけど――」
 バオは示した方が説明が早いと判断したのだろう、口論になっている方を無言で指し示した。
「ん……? レヴィ!?」
 言葉を発すると同時に彼女の元へ駆け寄る。
 口論の中心にいた人物、それが彼女だったのだ。
 彼は彼女の短気の抑制にも慣れていたので、とりあえず今まさに銃を抜かんばかりの勢いがある彼女を先に押さえる事にした。
「ちょっ、レヴィ!! 何してるんだ!! とにかく落ち着けって!!」
 背後から彼女を羽交い絞めにすると、彼女は相手に食ってかかろうと前のめりにジタバタと動いた。
「離せロック!! こいつら頭をいっぺんカチ割って欲しいらしいからな!!
 協力してやろうってんだ!!」
「あんたたち、一体何があったのか説明してくれ!!」
 ひたすら暴れまくる彼女を取り押さえるのに苦労していた彼を見兼ねてか、周りの野次馬が手を貸してくれた。非常に珍しい事である。二挺拳銃が暴れ出すのを恐れたのか、はたまた、溜まり場がまたしばらく“工事中”になるのが嫌だったのかは定かではないが。野郎数人の力で押さえつけられ、彼女は身動きが取れなくなる。
 彼は彼女を他の男達に任せ、息をつきながら自分のネクタイを緩めた。
 しかし、彼女の口は減らない。
「聞けロック、最高におもしろいぜ。
 こいつらあたしを何と勘違いしてると思う!?」
 完全に目が据わっている彼女を見て、大体は想像が出来てきた。
「悪い事は言いませんから、早くこの店を出た方がいい。この街を知らない人間が来る所じゃないんですよ、ここは」
 彼は円卓席に座る男二人を、口論の輪に入ってから始めてまとにも見た。
 身形こそここの連中に変わりないが、雰囲気でわかった。
 ロアナプラの人間じゃない。
「兄ちゃんずいぶん面白れぇ格好してんじゃねーの?
 来る店でも間違ったか? ああ?」
 柄が悪の人間にも、やはり質というのがある。
 彼は日本での一件でそれを知った。
 カタギにも様々な人間がいるように、裏の人間にも様々な人間がいる。
 誇り高く情の深い人斬りもいれば、頭がカラッポの馬鹿もいる。
 この二人は間違いなく後者だと彼は思った。
 彼の背後でまた彼女が何か喚いたが、彼は前を見たまま彼女に言った。
「レヴィ、もういいだろ。そろそろ落ち着け」
「へぇ〜、この姉ちゃんレヴィっていうのか? 可愛いじゃねーか。ますます気に入ったぜ。どうだ、勝負しようじゃねーか、なぁ?」
「勝負?」
「なぁに、別に対した事じゃねーよ。ただのカードゲームだ。ポーカーだよ、知ってるだろ? 俺たちが勝ったら今夜一晩付き合わないかって話したのさ。金も出す」
 つまり、この男達は彼女を“買おう”としているのだ。
 彼女は娼婦のような扱いを受け、更にしつこく声を掛けられ頭にきたのだろう。
 もちろん、この店に来る人間で、彼女にこのような声をかける者はいない。何故なら彼女が腕の立つガンマンで、ヘタをすれば命はないと知っているからだ。
 無知とはなんと恐ろしい事だろうと彼は思う。
 だからこそ、これ以上話をややこしくしてはいけないと考えた。
 無駄な争いを好まない彼は、彼女と違い忍耐強い。
 彼らの挑発的な言葉を無視し、淡々と説得を続けた。
「僕が来なかったら、勝負をする前にあんたたちの頭は吹き飛んでた所だ……もし少しでも感謝してくれるのなら、彼女の目の届かない所に行ってください。これは忠告じゃなく警告だ。彼女の両脇にある物が見えてるでしょう?」
「兄ちゃんよぉ、俺はお前に話してんじゃねーんだ。そっちの女に用があんだよ」
 その口調が日本で自分を殴った男にそっくりだった。
 人の話を聞かず、自分の方にばかり持っていきたがる。早死にするのは決まってこういうタイプの人間だ。
 彼女が後ろでブッ殺すと叫んでいる。
 仕方ないと言うように、彼は肩をすくめてみせた。
 どうやら彼らはどうしても彼女がお望みのようだ。しかし彼はこのまま引き下がる気にはなれなかった。
 腹を立てているのは、彼女だけではないのだ。
「本気ですか? いま彼女を解放したら間違いなく鉛弾が飛んできますよ。勝負どころじゃなくなると思うけど」
「なんだお前、この女の男か?」
 もう一人の男がいやらしい表情で言った。
 この言葉をきっかけに、彼の雰囲気が少しだけ変わった。
 彼女だけがそれに気づき、騒ぐのをピタリとやめ眉をひそめた。
「仕事の同僚です。
 どうしてもというなら、僕が彼女を説得してあげてもいいですよ。
 でも、条件があります」




 → to be continued ...