The Fundamental theorem of poker U


「……なんだ」
 かかった。
「僕も参加させてください。2対1じゃつまらないでしょう。
 どうせなら2対2で、どうです? その代わり、こちら側が勝ったらすぐに店から立ち去って、店から出た後も、彼女を付け回ったりしないと約束して貰えますか?」
 彼の口調はいたって落ち着いていたが、挑戦的なものがあった。
「面白れぇ。けど俺は強えぇぜ、兄ちゃん」
「楽しくなりそうだ」
 負けじと彼も余裕の表情で返す。
 そのとき彼女は協力的な野次馬たちの手から解放されていた。両腕を組んで立っている姿は、もう暴れる様子もない。
 彼女の方へ近づいて来た彼に、男たちに聞こえない程度の小さな声で問いかける。
「何をやらかそうってんだ、ロック。そいつはコレより爽快か?」
 彼女は素早く左脇の銃を抜き取ると、クルクルと慣れた手つきで回しすぐに納めた。
「少なくとも今夜は気分よく眠れるはずだ」
「さっきからバオがおっかねぇ顔してあたしを睨んでやがる。奴も疑り深くなっちまったもんだよ。ありゃあまた店を壊されると思ってる顔だ。店で銃抜かれんのが嫌ならあぁいう馬鹿が来ないように入り口でチェックでもしてりゃいいのによ」
「レヴィ、ノるんだな?」
「負けやがったらただじゃおかねぇからな」
「すぐに終わるさ」


 カードが配られ、静かにゲームが始まった。
 淡々とカードが動いていく中、男達は到って平然としていた。むしろ余裕すら伺える。
 もしこれが“本来の”ゲームであれば、こんな態度は取らないのではないだろうか。それくらい、彼等はこのゲームに関心がないように思えた。
 つまり彼等は、始めから勝負する気などなかったという事だろう。
 最後のターンが終わってから、相手の男の一人が突然得意気に笑い出した。
「兄ちゃん、残念だったな」
 手札を開けるとスペードのA、K、Q、J、10が綺麗に並んでいた。
「ロイヤルフラッシュだ」
 もう一人の男がワンペア。そして彼女はツーペアだった。
「すごいな。でも――」
 彼が自分の手札を明かすと、男二人が驚いたように息を呑んだ。
「ファイブカード。僕の勝ちだ」
 ジョーカーを筆頭に、キングが各種4枚揃っていた。
「おい、ちょっと待てや。なんで最初に抜いたはずのジョーカー持ってんだよ? 手めぇ、いかさましやがったな!?」
「いかさま? そっちがでしょう。テーブルの上にあるカードだけを使った僕が、あるはずのないスペードのキングを持っているのは……どうしてでしょうね? なんなら、ここにあるカードを全部確かめてみますか? きっとキングを抜いたスペードのA、J、Q、10が出てくるはずだ」
 男達は言葉に詰まり、同時に苦い顔をした。
「例えいかさまでも、勝負は勝負。約束は守っていただきますよ」
 しかし、彼のこの落ち着いた態度が逆に男達に火をつけてしまった。男の一人が勢いよく椅子から立ち上がると、彼の胸座をつまもうと手を伸ばしてきた。
 ジャキッ ジャキッ
「生憎あたしはこいつと違って我慢するのが大嫌いだ。このまま引き金を引いた方がスッキリするのをよく知ってるからな」
 女にしては低音の掠れた声が、ざわつく店内に際立って響いた。
 彼女はいつの間にかテーブルの上に乗り、男達の眉間に“ソード・カトラス”を当てていた。
「だから言ったでしょう、彼女はやめておいた方がいいって。それから言い忘れてましたけど、彼女はものすごく短気ですから、言葉には気をつけた方がいい」
 ごくりと、男の一人の喉仏が上下した。
「さて、選ぶのはあんたたちだ。大人しく立ち去るか、彼女を怒らせるか」


 バタンッ
 車のドアを閉め、彼は腹の底から息を吐いた。
「……疲れた」
 そう言ってハンドルにもたれかかるように、頭を垂れる。
「ロック、てめぇ何が“気分よく眠れる”だ。これなら最初から撃っちまった方がマシだったぜ。胸糞悪ぃ」
 あの後、男達は大人しく店を立ち去ったが、彼女は侮辱された仕返しを何一つ出来なかったため、機嫌が悪いままだった。
「そんな事したらバオが怒って今度こそ店に入れてもらえなくなるよ。
 ……なぁ、レヴィ」
「ンだよ」
「これでも一応、助けたつもりだったんだけど――」
「あのな、ロック。あたしはいま機嫌が悪ィんだ」
「……そうですか」
 今の彼女から感謝の言葉を引き出す事の方が、いかさまを見抜くよりよっぽど難しいと彼は思いなおす。
 諦めてエンジンをかけていた彼に、彼女はタバコに火をつけながら聞いた。
「ロック、いかさまはジョーカーだけじゃねぇな?」
「まぁね。ジョーカーを先に持っておくのは上司を勝たせるために考えた方法だったんだけど、逆も出来るって気づいたんだ。じゃないと一回の勝負で同じカード4枚も揃えられないよ。皮肉にも、昔取った杵柄ってやつだ」
 ポーカーにおいて、ファイブカード以外でジョーカーを使った手は本来より弱くなってしまう。
「キングは最初にカードをシャッフルした時にくすねておいたんだ。ジョーカーと一緒にね」
「どこに隠してた?」
「ここ」
 と言って、彼は着ているスーツの袖を引っ張ってみせた。
「なかなか便利だろ?」
「お前、マジシャンに転職した方が良かったんじゃねーの?」
「そこまで器用じゃないからな。それに、これは生きるために必要な術だったんだよ」
 力なく笑う彼に彼女は呆れ顔を向けた。
 それに気づいたのか気づかないのか、彼は気を取り直してハンドルを握り車を道に出した。
「ロック」
「ん?」
「賭けに勝ったのはお前だ。勝者には我がままが言える権利があるもんさ」
 何か望みがあるのなら、答えてやらなくもない。
 彼女はそう言いたかったのだろう。
「俺はお前を連れて帰りたかっただけだよ」
 何故かはわからないが、この言葉で彼女はイライラが多少納まるような満足感を得た。
「……ほら、やるよ」
 突然目の前に出された1本のタバコ。
 彼は少し驚いて首を引いたが、すぐにそれを咥えた。
 タバコの長さは残り半分くらい。
「んっ……なんだよ、吸いかけ? どうせなら新しいのよこせよ」
「最後の1本なんだよ、我がまま言ってんじゃねーぞこのスカタンっ」
「……我がまま言っていいって言ったくせに」
「いいから黙って運転しやがれ!」
「うわっ! 危ないからやめろレヴィ!」
 彼はそのタバコを一度吸うと、再び彼女の口元に戻した。そして彼女も同じようにして繰り返し――タバコは、あっという間に小さくなっていった。




  ...Fin