言葉はいつも想いに足りない


 それは彼が今までに経験した事のない酷い朝だった。
 まずブラインドがきちんと閉められていない。言葉で表現するならガタガタ。適当に引っ張ったとしか思えない有様だった。
 おかげで外の光りは入り放題。部屋の床に散らかったままの服がはっきりと見える。
 彼はそれらを目の当たりにし、初めて昨日ここであった出来事が鮮明に蘇ってきた。
 彼女の熱い吐息と艶やかな肢体。
 求めるほど激しくなる快楽の波。
 そして部屋一杯に響く淫らな音と声。
 ――酔った勢いではなかった。
 酒がまわっていたのは事実だが、記憶が無くなるほど飲んではいなかった。
 なんとなくいい気分になり、いい雰囲気になっただけのことだ。
 彼はベッドの頭側の柵に背中を預けた。ひんやりとしたパイプ柵の冷たさが裸の背中を刺激する。
 まだ眠っている彼女を眺める。眠っているだけなら可愛いのにと何度か思ったことがあるが、昨夜の出来事で他にも充分に可愛い一面があったことがわかった。
 彼は思い出してクスクスと肩を揺らして笑う。
 その振動が伝わって、彼女が目を醒ました。
「……なに一人で笑ってんだ」
「……おはよう、レヴィ。よく眠れた?」
 緩んだ顔はまだ戻っていないが、彼女は反対側を見ているのでバレないだろう。
「あぁ。けどまだ体だりぃぞ……お前、どんだけ――」
「わー! ……その先は言わないでくれ、反省してるから」
 彼は右手で熱くなった顔を覆う。今更ながら恥ずかしい。自分が彼女にした行為の数々は、口ではとても説明できないものばかりだった。
「別に責めてるわけじゃねぇよ。お前も立派な男だったんで安心したくれぇだ」
 顔は見えないが、明らかに面白がっていた。
 じゃあ今まではどう見ていたんだと、彼は小さく腹を立てそうになったが、負けずに言い返した。
「俺も安心したよ。お前があんなに可愛い声を出すとはね。やっぱり女だ」
「……てめぇ、ケンカ売ってンのか?」
「先に振ったのはお前だろ?」
 彼女は舌打ちをしてうつ伏せに体勢を変えた。
「ったく最悪だぜ。なんでお前なんかと」
「なんなら、酒の所為にでもしておくかい?」
 お前がそれで、納得できるなら。
「名案だ。冴えてるじゃねぇか、ロック」
 彼女はいつの間にか煙草をふかし始めていた。
 彼は彼女を横目でこっそりと見つめた。
 不機嫌そうな顔だった。
 出会って間もない頃、こういう雰囲気の時の
彼女には気を使うことが多かった。
 しかし彼女を知るたび、素直じゃなくて思いに不器用なだけで、本来は情が深くて優しい一面を持っているのではないかと思うようになった。
 そう思ってしまってからは、後に引けなくなっていた。
 昨日の出来事を何かの所為にして終わらせたら、きっと後悔する。せめて、少しだけ繋ぎ止めておきたい。
「やめよう、レヴィ。せっかくの朝が台無しだ」
「……誰でもよかったわけじゃねぇんだ」
 彼女がボソリと呟く。
 その言葉だけで充分だった。
「わかってる。それは俺も同じだよ」
 愛しくて、愛しくて。込み上げてくる気持ちをどう伝えていいのか、その術すら見つからない。
 彼は彼女の背中を上から下へなでるように触れ、精一杯優しくキスをした。
 彼女は煙草をベッドのパイプに押し付けると、静かに目を閉じ、彼のキスを受け入れた。
 キスを繰り返すうちに、彼女の背中が徐々に熱を帯び、肌に赤みが増してくのがわかった。
 そうやって、少しづつ、彼女の氷も解けていけばいいと、彼は考えていた。
 いつしか二人は、再び求め堕ちてく。
 万物をはぐくむ恒星が、この地をオレンジ色に染まるまで。