「仲直り出来たみたいね」
階段を降りながら、ウィンリィがエドにそっと耳打ちした。 「オレの勝ちだったしな、いやぁ良かった良かった!」 開けっぴろげな声で、そう言いながら伸びをするエド。
ウィンリィがアルに気を使って聞こえないように言った事に、エドは気づいていないようだ。
「あんた達いつもあんな方法で仲直りしてんの?」
もうこの二人に気を使う必要もないかと思い直す。
「男ってのはそういうもんなんだよ」
ヒューズと似たような事を言う。
「ふぅん」
意味深に相槌を打つウィンリィ。
「なんだよ?」
「でも、やっぱり口で言わなきゃわかんない事だってあるわ」
そんな男達の言い分にも負けず、ウンリィは確信めいた言葉を再度繰り返す。
「?」
「なんでもないこっちの話」
笑顔を見せるウィンリィに対し、エドは違和感を感じたまま、階段の途中で立ち止まり、不思議そうな顔でウィンリィを
見下ろしていた。
ヒューズとアルがエドの傷口を心配し、病室に戻る途中、念のためナースを呼びに行ったので、エドとウィンリィだけ先に戻って来た。
護衛の二人にも中に入るように言ったのだが、何故か遠慮されてしまった。
静かな病室で、久しぶりに二人きりになる。
「・・・悪かったな」
「なにが?」
「オレ達の問題に巻き込んじまって」
やっぱり全ては話す気はないんだと、ウィンリィは少しだけ落ち込んでしまいそうになる。
そんな事、始めからわかっているはずなのに。
「……」
「お前がいなかったら、こんなに早く解決してなかったかもな」
きっとアルが話したのだろう。
泣きながら叫んだなんて、今考えると少しだけ恥ずかしい。
「感謝してる?」
「してるよいろいろと。今回だけな」
エドにしては珍しく素直に反応したかと思えば、今回だけなんて、ヘタなウソをつく。
「いつもしなさいよ」
「へいへい」
その辺りは心得ているのか、ウィンリィはいつも通りの言葉を返す。
「でも、あんた傷口平気なの? あんなに動いて」
「大丈夫だって、あのくらい」
「ちょと見せないさい」
抵抗してくるのは承知で、エドの服に手を伸ばす。
「っおい! いいって! 今診てもらうし!」
伸びてきたウィンリィの手を、焦りながら掴む。
「なに今更恥ずかしがってんのよ、いいから脱ぎなさい!」
エドがとっさに掴んだ手ではない方の手で、また服をまくり上げようとするウィンリィ。
「セクハラー!!!」
服をめくられて、顔を真っ赤にしながら、まだ抵抗しようとするが、どうやら傷口が痛むらしく、抵抗しきれない。
「バカ言ってないで早く脱げ! あたしは医者の娘!」
「ただの機械オタクじゃねぇか!!」
「ほら!あばれるとまた傷口開くわよ!」
「……」
いい加減諦めたのか、大人しくなるエド。
ウンリィのやる事にいちいち大げさに反応してしまう。
やめろと言って、素直にやめるような女ではないなと、いつも諦めてしまう。
言い換えれば、許してしまう。
「あ〜……やっぱり……酷かったんだね……」
初めて傷口を目の当たりにし、エドのダメージの大きさを改めて知る。
しばらく、何も言えなくなってしまう。
一体、自分の見えないところで、何が起こっているのだろうと、考えても仕方ない事を考えてしまう。
「で、どうなんだよ?」
エドがそのウィンリィの様子を察したのか、溜息混じりに声をかける。
「あ、うん。大丈夫みたいよ」
動揺が、声に出ている。
ウィンリィは自分のその声に気づいて、わざと明るく笑ってみせる。
「だから言ったろ。日頃から鍛えてっからそんなヤワじゃねぇし……こんな傷大した事ねぇって!」
ウィンリィの表情ひとつで、何かを感じとったエド。
彼女を安心させようと、強がってみせる。
本当は、心底怖いと思う事だってあった。
でも弱音は吐けない。
ウィンリィだけには。
「その割には満身創痍だったくせに」
かわいくない事を言われて、やっといつもの調子に戻ってくる。
「あれは少佐の所為だ!」
「はいはいそうね」
しばらくしても、まだヒューズ達はまだ戻って来ない。
沈黙の中、エドはさっきアルと話した昔の事を思い出す。
その中に。
自分は覚えていなかったのに、アルはちゃんと覚えていた事があった。
それが何故か、ずっと引っかかっている。
「なぁ、変な事聞くけどさ、小さい頃……」
「あたしをどっちがお嫁さんにするかって話?」
言う前にあっさり答えられて、驚く。
(もしかして、あの会話聞いてたのか?)
声には出さなかったが、どうやら表情に出ていたようだ。
エドの心を見透かすように、ウィンリィはじっとエドを見つめている。
「……そんな事あったっけ?」
「あったよ。覚えてないの?」
「ははは……」
もう苦笑いしかできない。
やっぱりここは覚えてないと、いざという時、後々少しだけ不利なんじゃないかと思う。
アルがそこまで考えているかは別として。
「急に二人であたしの所に来たかと思ったら、どっちのお嫁さんになるかなんて聞いてくるから、
どっちのお嫁さんにもならないって言ったのよ」
「そうだったっけ……」
「思い出せない?」
「う〜〜〜〜ん……」
期待に答えたいが、どうも思い出せない。
「思い出さなくていいわよ」
彼女とって、それはどうでもいい事なのかと、エドは正直がっかりする。
何を期待していたわけではないけれど。
「なんで」
聞く気もなかったのに、考えるより先に口が動いていた。
後悔するかもしれないのに。
「だって」
「今と昔じゃ違いすぎるから。」
エドの反応を伺うウィンリィ。
どういう反応するかなと、興味本位で言ってみた。
でも、言われた本人は、その意味に気づいていない。
「違うって……?」
「いろいろ。エドは同じなの? 昔と、今」
じれったくなって、この鈍い幼馴染にもわかり易く聞きなおす。
エドは少し困った顔をしている。
困らせるくらいはしても、バチはあたらないだろう。
何も話してくれない仕返しだ。
「……違うって言や違うな。いろいろ」
話をそらされるだろうと思っていたら、意外とまともに返してきた事に、今度はウィンリィが驚かされた。
「でしょ?」
どう返していいかわからなくなり、適当に答える。
「お前は具体的に……どの辺が違うんだ?」
またウィンリィの予想とは違う反応をするエド。
ウィンリィは、この間会ったばかりなのに、その間に一体何があったのだろうと、疑問さえ感じる。
でもこれはきっと、この二人にとって良い傾向。
「それはきっと……あんたと同じ……かな?」
「……そっか」
同じだと答えるウィンリィに対して、さして驚く事もなくうなずくエド。
エドは少しだけほっとしたようにも見えた。
「あたし達すっごい変な会話してない?」
「確かに」
今までの会話が、どういった意味を持つのか深くまで考えていない二人は、お互いに首をかしげている。
一歩進んだかと思えば、そうでもないようだ。
「もうすぐまたお別れね」
「おう」
「何かあたしに言っとく事ない?」
「特になし」
「そっけないわね〜。名残惜しいとか言いなさいよ」
「誰が!」
「せっかく遠くから来てあげたのに」
「どーもでした」
「もっと気持ちのこもったお礼言いなさいよね」
頬を膨らませて怒ってみせるウィンリィ。
ここでエドは何かを思いついたように、膝をポンッ叩く。
「よぉーしわかった!」
真顔でウィンリィを見つめるエド。
見つめられ、膨れていた頬が少しだけ赤くなるウィンリィ。
「ウィンリィちょっと……」
「?」
手招きされ、警戒しながらも、近づく。
近づいた瞬間、エドはニヤリと笑う。
さっき無理やり服を引っぺがされた仕返しをするつもりらしい。
「!!!」
しばしの沈黙。
「このエロ豆ー!!!!」
ドカ バキ ビシッ!
「なに!?どうしたの!?」
尋常じゃない音を聞きつけたアルが、ヒューズとナースより先に、走って病室に戻って来た。
「知らないっ!!」
憤慨した様子のウィンリィが、アルと交替に病室を出ていった。
「な、なんでもない……」
どう考えてもなんでもないとは言い切れない状態で床に倒れているエド。
怪我が悪化しているとしか思えない。
「兄さん……傷口……大丈夫……?」
何があったのかはわかなないが、きっと兄が何かやらかしたのだろうと、呆れつつも聞くだけきいてみる。
「……なんとか」
廊下ですれ違ったヒューズに、待合所にいますと言い残し、ウンリィはその日それっきり病室には戻らなかった。
もちろん、その後病室に戻ったヒューズに、エドはからかわれ続けたのであった。
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