翼のない鳥


 「鳥になりたいって思った事、ない?」
 「ない」
 「……ロマンの欠片もないわね」
 空を見上げれば、いつもそこには、この地上を繋げる空。
 「飛べたらな〜って思う。そしたら、いつでも好きな場所に行けるのに」
 「まぁ、そりゃ便利だな」
 そう言って、あんたは苦笑したけど。
 あたしが鳥になりたいと思う理由は、ひとつだけ。
 「だって、そうすればいつでも好きな人に会いに行けるもん」
 そう言ってあたしは、川の土手から立ち上がる。
 「それじゃ会いに来る奴がいなくなるだろ。」
 あ、そっか。
 確かにそれはそれで寂しいかも。
 「でも、会いたい時に会えないのは……寂しいでしょ?」
 風が、追いつけない速さで通りすぎた。
 あたしのスカートをさらう。
 まだ土手に寝転がっているエドの前髪と一緒に。
 「お前、鳥の習性って知ってっか?」
 よっと起き上がるエドの背中を見ていると、胸がゆるく鳴り出す。
 その鼓動を無視して、あたしはエドの話しに耳を傾ける。
 「鳥の脳ってのは、常に飛び出すと曲がる習性から生じる回路があるんだ。
  その回路に沿って飛んで、そこから外れると全力で回路を戻ろうとするらしいぜ」
 そう言いながら、あたしの方を向いてまっすぐな瞳で見つめてくる。
 あぁ、あたしはエドのこの瞳が好きだなぁなんて、まったく関係ない事を思いながら、見つめ返す。
 「また巣に戻るため?」
 「巣に戻るんじゃなく回路に戻るのが目的なんだ。そうすりゃまた自動的に巣に戻れる」
 「同じじゃない」
 「この違いがわかんないんじゃ、お前は鳥にはなれねぇよ」
 土手から上がってくるエド。
 川を眺めるあたしの横に来て、またこう続けた。
 「目的のための旅だけじゃ、つまんねぇって事」
 なんだろう、妙に説得力がある。
 「途中にいろんな事があっても、また目的に戻る。じゃなきゃつまんねぇよ」
 そうか。
 そうだね。
 「だったらエドは鳥ね。戻ってくるまで時間かかるし、戻ったかと思えばまた出てく」
 「……ウィンリィ?」
 うつむいたあたしを気遣う、めったに聞けないエドの優しい声。
 でも違うよ、エド。
 悲しくなったんじゃないの。
 「でも、ちゃんと回路、ついてんでしょ? あんたにも」
 微笑んで顔を上げ、エドをると、心配そうだった表情が一気にむくれ顔になる。
 「オレは鳥かよ」
 「あら、豆の方が良かった?」
 「どっちもごめんだ! 豆言うな!」
 でもね、エド。
 あたし知ってるから。
 あんたはいつも自分達を“根無し草”だって言うけど、違うでしょ?
 あんた達は、鳥なのよ、きっと。


 いつだってあたしが待ってる場所に帰って来てくれるじゃない。

 たとえ途中で何があっても、回路を辿って、また戻ってくる。

 やっぱり、あたしは鳥にならなくていい。

 必ず戻って来てくれる回路を持ってる、あんたがいるから。


 本当は、鳥でもいいんだ。

 オレが帰って来る場所はいつもお前の所だから。

 だからお前には鳥じゃなく、オレ達の“巣”であって欲しい。