Flower Crown


「しってる? おんなの子の方がおとこの子よりも大人になるのが早いのよ」
「なんだそれ。そんなの関係ないじゃん。みんな一緒だろ」
 お昼を一緒に食べ、天気がいいので外で遊んでおいでとウィンリィの両親に促され、近くの丘までかけっこ。
 眠気を誘う温かい太陽の下、エルリック兄弟とウィンリィ、飼い犬のデンは、それぞれ思い思いの遊びをしていた。
 エドはデンとフリスビーをし。
 ウィンリィは花のたくさん咲いている場所に座り。
 アルは食べ終わったばかりの所為か、さっきまでウィンリィの花冠作りの手伝いをしていたはずが、すっかり寝入ってしまっていた。
「関係あるよ。だって本に書いてあったもん」
「本って?」
「おとうさんの本」
「オレだって父さんの本読めるぜ」
「あれなに書いてあるかわかんなーい」
「ウィンリィにはムリだよ、オレとアルはわかるけど」
「でもエドたちだってあたしのおとうさんの本わかんないでしょ?」
「うん」
「おあいこ」
「おう」
 エドは、フリスビーを取って来た小さいデンを抱き上げると、ウィンリィの横にちょこんと座った。
 デンは大人しくエドの横に体を丸め眠そうにしている。
「なぁ、どうしておんなの方が早く大人になるんだ?」
「わかんない。でもおかあさんも言ってたよ」
「ふぅ〜ん……」
 エドは少し不満そうな顔をした。
「ウィンリィさっきからなに作ってんだ?」
 エドがウィンリィの手元をじっと覗き込むと、ウィンリィは得意そうに言った。
「お花のかんぬき!」
「それかんぬきじゃなくてかんむりだよ」
「そうだっけ?」
「貸して!」
「だめー。これはお姫さまのかんむりだもん」
「じゃあ王子さまのかんむりも作ろうぜー」
「エド作れるの?」
「ううん」
 フルフルと顔を横に振る。
「じゃああたしが作ってあげるー」
 そうしてウィンリィはエドのために花を摘み、器用に冠を作っていく。
「できたー!」
「おぉすっげー!」
 お姫様よりも少し大きめの冠。
 二人は嬉しそうにその場から立ち上がり、花冠を持ち、互いの頭に掛けようとした時――

 一陣の春風が、二人の手から冠をさらって行く。

「「あーっ!!」」

 ふわり、と中を舞う花冠。
 それを追って走り出すエド。
 だが残念な事に、その冠を追いかけられるほど早くは走れなかった。
 届きそうで届かない空の青さを、ただ眺めるばかり。
 すでに冠は行方不明。
 エドはがっかりと肩を落とし、ウィンリィの元に戻った。

「……」
 ウィンリィは瞳に涙を溜め、じっと斜め下を見ていた。
「届かなかった……ごめん」
「うん……」
「……泣くなよ」
「うん」
 服の袖でごしごしを行き場を失い流れた涙を拭う。
 拭っても拭っても涙が出てくるウィンリィを、エドはただ見ているだけ。
 落ち着かない様子でそわそわしながら、困った顔で周りを見てみたり、ウィンリィの顔を覗き込んだり。
 そして、ようやく何かを思いついたように、ぱっとエドの表情が変わった。
「今度作る時はもっと大きいやつにしようぜ! そしたら絶対飛ばないよ!」
 満面の笑顔で言ったエドに、ウィンリィも嬉しそうにつられて笑顔になる。
「……うん!」
 そして、ある事に気が付いた。
「あれー? エド大きいー」
 ウィンリィはエドの隣に並び、自分の頭のてっぺんとエドの頭のてっぺんを手で比べた。
「ん? あーほんとだぁ」
 この間までは同じくらいだった身長が、エドの方が少しだけ高くなっていた。
「すごーい」
 ウィンリィは素直に感動し、エドは偉そうに腰に手を当てご満悦。
「へへん。すげーだろ。これからもっとデカくなってきっとウィンリィの何倍も大きくなるぜ!」
 こーんなになる!と手で大きな輪を作ってみせるエド。
「牛乳飲まないのになんでエドの方が大きくなるのかな?」
「牛乳なんて関係ないんだよ、オレはおとこだからな!」
「あたしだって大きくなるもん!」
「いいよウィンリィはそのままで」
「どうして?」
「王子さまより大きいお姫さまなんておかしいよ」
「そっか」
 納得したのかしていないのかウィンリィは頷くと、寝ていたアルを揺すり起こす。
 アルは気持ち良さそうに寝ていたところを起こされ、うにゃうにゃと唸りながら陽の眩しさに目を細めた。
「アル、帰ろう!」
目を覚ましたアルの目の前には、花のような笑顔のウィンリィ。
「うん!」
軽々と身を起こすと、アルは先ほどまで作っていた花冠がない事に気が付いた。
「あれ? ウィンリィ、お姫さまのかんむりは?」
「ごめんね、なくなっちゃった」
「そっか。また作ろうね」
「うん」
「あーあ、オレの王子さまかんむり……」
 やはりまだ心残りなのか、エドが残念そうに呟いた。
「おうじさま?」
「うん。ウィンリィに作ってもらったんだ」
「ボクもおうじさまのかんむり欲しかったなぁ……」
 親指をくわえ寂しそうに俯く。
 その様子を見ていたウィンリィが励ますようにこう言った。
「今度アルのも作ってあげるよ!」
 その言葉にアルは顔を上げると、すぐに笑顔になった。
「ありがとー」
 その様子を黙って見ていたエドが、これでもかというほどに頬を膨らませた。
「王子さまもお姫さまも一人づつだっ!」
 そう言って二人より先に家路に向かい走り出す。
「あー待ってよー!」
 後を追いかけるウィンリィ。
 そしてウィンリィに手を引かれて走るアル。
 デンが三人を元気良く追い越して先頭に踊り出る。

 陽はすでに夕日に変わりつつあった。


――約10年後


「あ! いた!!」
 丘の上に向かって走り出すウィンリィ。
「ちょっと! こんなトコで何油売ってないでさっさと来なさいよ! せっかくこっちは忙しい合間縫って準備して待ってやってんのに!」
 整備の準備をし、作業室で待っていたウィンリィは、いつもで経っても戻らないエドを探しに来ていた。
 早く見つかったのは、小さい頃よく一緒に遊んだ場所に、金色の髪が光って見えたから。
 ウィンリィの怒鳴り声に、思わずエドは両手で耳の穴を塞ぐ。
「あーうっせー。近くで怒鳴んな! ちゃんと聞こえてんだからよ」
「だったらさっさと来い!」
 ゴンッ
 スパナで頭を攻撃されるようになったのは、いつからだったろう。
「〜〜〜っ!! ………すまん。」
 頭を抱え一度その場にしゃがみ込むと、そのまま遠くを見つめ、珍しく素直に詫びるエド。
「……なに感傷に浸ってんのよ、そんな暇ないんでしょ?」
「あぁ」
「昔」
 ウィンリィは今まで荒げていた声を静かに落とし、続ける。
「ここでよく遊んだね」
 ここに吹く春の風は、昔のまま。
 ウィンリィがエドのために作ったものは、風にさらわれる事はないけれど。
……どんだけ前の話ししてんだ。ほら、戻るぞ」
 エドは立ち上がり、見ていた先を背にする。
 先ほどまで遠くを見ていた金色の瞳を、ウィンリィは惹かれるように追う。
 そして一度視線を落とし、再び顔をあげると、エドの背中に向かいこう言った。
「知ってる? 女の子の方が大人になるのが早いのよ?」
 エドはその言葉に一度足を止めると、しばらくして唇の端を上げニヤリと笑い、振り向きこう返した。
「そんなの関係ねぇよ、皆同じだろ」
 二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
「覚えてたの?」
「今思い出した」
「あの頃はあんたの方がデカかったのよねー」
「あの頃のお前はもっと素直で優しかったなぁー」
「それはあんたも同じでしょ。いやでも昔から意地悪だったわねー。やっぱりちっとも変わってないわ」
「いや、変わったよ、いろいろ」
 エドはまた金色の瞳を落とす。
「あたしは変わってないわよ、基本は」
「基本?」
「ただ王子様の花冠が機械鎧になっただけ」
「なるほどな」
 肩を少し上下し、薄く笑うその表情には、昔の幼さが少しだけ残っている。
「さ、戻って王子様の冠作りましょ!」
そう言って笑いかける笑顔は、あの頃のままだ。
「おう、よろしく頼むぜ」
「うわーあんたが素直だと気持ち悪い」
「もう2度と言わねぇから安心しろ」
 エドは“2度と”の部分を強調し、歩き出したウィンリィの後ろを追いながら、後頭部で体温の違う両手を組む。
……なぁ」
 何かを思い出したエドは、ウィンリィの背中に声をかけた。
「ん?」
 振り向かず、足を止める事もなく。
「王子様は一人か?」
……あんた熱でもあんの?」
 ウィンリィは足を止め、眉間にシワを寄せた顔で振り返った。
 言葉の意味がまったくわかっていないようだった。
 エドはポツリと呟く。
「覚えてるわけねぇか」
 ウィンリィの顔を見ながら苦笑し、再び歩き出す。
……頭おかしくなったんじゃないの?」
「別に」
「王子様って……なんの話し?」
「覚えてねぇならいい。忘れろ」
「え、ヤダ、気になる! 何よ? なんかあったっけ?」
「いいって!」
「もったいぶらないで言いなさいよね!」
「ヤなこった!」
笑いながら走り出すエド。
懐かしさに包まれながら、その背中を追いかけるウィンリィ。

昔と何一つ変わらない。
陽は、すでに夕日に変わりつつある。