感覚麻痺 T


 受話器を握るのにも緊張していた自分に腹が立つ。
 エドはそう思いながら、電話口の向こうにいる少女に真実を告げる。
 「えぇ!?」
 「いやだからさ、壊れた」
 「こんの、バカァ!! あれだけ気をつけろって言ったでしょ!? いつもちゃんと手入れもしろってあれだけ言ったのに、なんでそうなんのよ!? 大体あんたは……」
 予想はついていたが、さすがにこうも怒鳴られると、自分が悪いにも関わらず、反論せずにはいられないのが、エド。
 「しょうがねぇだろ! いろいろあんだよ!」
 「いろいろって何よ!」
 「……それは……
 言えない事が多すぎる。
 言いたくない事が、多すぎる。
 「言えないくせにいろいろなんて言わないで」
 「すまん」
 「謝るくらいなら、ちゃんと壊さないように注意しなさい」
 「努力します」
 「あんたがそんなだからいっつもアルが苦労するのよ」
 「ははは」
 「罰として、戻って来たら映画館連れてってね」
 「おう……っておい!?」
 一方的に切られた電話の受話器を見つめながら、エドは深い溜息をついた。


 心は、ある一定の場所には長居は出来ない。

 常に日々変化する。
 エドはウィンリィの言葉も、そんな意味のない、ただの気まぐれだと思っていた。
 「二人ともどっか行くの?」
 「うん、ちょっとね。夕方には戻るから」
 「兄さんも?」
 「変わってやろうか?」
 「いいよ。デートなんでしょ?」
 「ちっ、違う!!」
 「そ。デートよ」
 「おい!」
 「じゃ行って来ま〜す」
 「行ってらっしゃ〜い」
 「おいお前ら! 勝手に話し終わらせんな!」
 「さ、行くわよ、エド」
 腕を引っぱられながら、これは単なる気まぐれにすぎないと自分自身にも言い聞かせた。

 言葉は、時に、何通りも意味を持つものだ。

 「この間ね、誘われたの」
 「誰に」
 「あんたもよく知ってる子」
 「何を」
 「デート」
 「……へぇ〜……物好きもいたもんだ」
 「他に言い方ないわけ?」
 「適切だろ」
 「不適切すぎ。よって映画はあたしの見たかった恋愛ものに決定ね」
 「金払うのオレだぞ!?」
 「人の作った機械鎧あっさり壊しておきながら、何かご不満があるのかしら?」
 「……ったく」
 彼女の言葉に、エドはかなわない。
 確かにせっかくウィンリィが一生懸命作ってくれた機械鎧を、壊して帰って来る事が多い。
 それなりの理由はあるが、それは言いたくはない。
 余計な心配はさせないに越した事はないからだ。
 きっと、そんな自分の想いも、どこかで理解してくれているのだろう。
 その証拠に、ウィンリィは何があったのかまでは、いつも深く追求してこない。

 物事とは、そうそうスムーズに進むものではない。

 自分では予想もしない所で、いきなり知らない誰かが無意識に作った落とし穴にはまってしまうものだ。

 「残念だったな」
 「サイテー」
 「仕方ねぇだろ、こんな田舎じゃ」
 「昨日までだったなんてあんまりだわ」
 「映画館があるだけマシだと思えよ。文句ばっか言うな」
 「…………これ観るの……?」
 「今はこれしかやってないみたいだしな……それとも帰るか?」
 「……観る」
 「あれ? もしかして怖いとか?」
 「こ、怖いわけないじゃない! 全然平気なんだから!」
 「じゃ、決まりだな」
 意地になって先に映画館に入って行くウィンリィの後ろ姿を見ながら、エドが意地悪くニヤリと笑った。
 ウィンリィがどう反応してくるかなんて、もうお見通しだ。
 これが長年培ってきた、幼馴染の特権。


 記憶とは、都合の良い事だけをしまってはおけないものだ。

 忘れようと努力すればするほど、余計に気になってしまう事がある。

 「全然人入ってないね……
 「こんな天気の良い日にこんな映画観る奴もいないだろうしな」
 男女のカップルらしき大人が二人いるだけの映画館。
 適当な席を選んで座る。
 席は一人用、二人用と用意されている。
 もちろん、一人用の方に、一人づつ座る。
 すぐ横には二人用の席。
 でも、エドとウィンリィはなんとなくそこには座らなかった。
 お互い隣には座るが、二人の間には、一席分の空白。
 「ドラキュラなんていないわよ……
 「いや?わかんねぇぞ?いるかもしれない」
 「あんた錬金術師のくせに信じてんの? 一応科学者でしょ?」
 「オレは何事も自分の目で確かめるまで決めつけねぇ主義なんだよ」
 「あぁ〜あ。あの映画楽しみにしてたのに……
 「……なぁ」
 「なに?」
 「したのか?」
 「はぁ?」
 「だから、さっきの話しだよっ」
 「さっきって何?」
 「だーもぉっ! デートしたのかしてないのかって聞いてんだよ!」
 「……気になるの?」
 「全っ然気になんねぇ!」
 「じゃあなんで聞くのよ?」
 「……話しの途中だっただろ、さっき」
 「そうだっけ?」
 「そうだよ」
 「したわよ、デート」
 座席にの肘掛に頬杖をついていたエドの手と頬が、一瞬離れた。
 「……あ、あーそー。まぁオレには関係ねぇけどな」
 「そうよ、関係ないわ」
 「で、その物好きなバカは誰だ?」
 「あんたには関係ないんでしょ?」
 互いに目線を前に向けたまま、場内の明かりが消えていった。
 互いがまったく同じ表情をしているのにも、気づく事はなかった。


→ to be continued ...