感覚麻痺 U


 視覚とは、人の脳を安易に刺激するものだ。

 それにより、心までかき乱される事さえある。

 「……」
 「……っ」
 流れる映像と音と共に、一席向こうにいるウィンリィの体がいちいち驚いている気配がする。
 その何列か前には、先ほどの二人のカップルの男の方が、守るように女に腕を回していた。
 エドはその様子を見て、呆れる。
 そこまでする必要があるのか、疑問だ。
 男の気が知れなかった。
 「キャッ!」
 カップルの女の方が、小さい悲鳴を上げた。
 だが聞こえた悲鳴は、ひとつではなかった。
 ごく近くで同時に同じ反応をしたのは、この空間では自分以外に他に一人しかいない。
 (ったく)
 「おい。おい、ウィンリィ」
 「な、なによ。静かにしなさいよ。他の人の迷惑になるでしょっ」
 (どう考えても迷惑になんてなりそうにないけどな……
 カップルは完全に二人の世界に入っていて、自分達の存在にさえ気づいていないようだった。
 「怖いのか?」
 「全然っ」
 (可愛くねぇの)
 エドは席から立ち上がると、ウィンリィの前を通る。
 「ちょ、ちょっとどこ行くの?」
 「場所移動」
 ウィンリィの席の、右2つ向こう側にある、二人用の席に移る。
 「あーやっぱここの方が観やすいなー」
 「そ……そう?」
 「うん」
 「それなら……あたしもそっちに移動する」
 エドは左隣に移って来た幼馴染を見ながら、世話が焼けるなと、小さく溜息をついた。


 意識とは、自覚出来てるいるものと、出来ていないものがある。

 後者はあまり褒められたものではないかもしれないが、それにより、自然に自分の気持ちを表す事が出来たり、自覚に変わるきっかけにも為りうる。

 「ふぁあぁぁ〜ぁ」
 映画の後半、眠気が襲って来た。
 エドは隣で怖がりながらも映画に夢中になっているウィンリィをよそに、のんきにあくびをした。
 ちらりと様子を見てみる。
 予想通り、今にも泣きそうな顔。
 だったら観なければいいいのに、どうして意地になってまで観るなんて言ったのか。
 けしかけて、ちょっと意地悪をしたのは自分だけど、ウィンリィは本当に嫌な事は嫌だとはっきり言うだろう。
 さっきは深く考えなかったが、一体何がそこまでさせたのか。
 理由が見当たらない。
 「ウィンリィ……泣くなよ?」
 「な、泣かないわよっ」
 強がってはいるが、声は震えている。
 人は恐怖を感じている時、何かにすがりたくなるものだ。
 そうやって安心感を得ようとする。
 特に、人の温もり程安心感を得られるものはない。
 『ドンッ』
 場内に効果音が響く。
 さすがにエドもこの音には驚いた。
 「へ?」
 が、それよりも驚いたのは、ウィンリィが抱きついてきたという事実。
 体にウィンリィの温もりを感じる。
 おかげで今にも顔から火が出そうになってしまう。
 心臓の音の方が、映画館に響いている効果音よりもうるさく鳴りはじめた。
 「……
 こういう時、なんて話しかけていいのかわからない自分がもどかしい。
 例え言葉がみつかったとしても、それは声には出来ないだろうけど。
 ちょうど今みたいに、ただ突然の出来事に混乱するだけで。
 「……あ」
 間抜け極まりない声を出し、ウィンリィは我に返って自分のしている事に気づく。
 「ごっ、ごごごご、ごめん!」
 「い、い、いや別にっ……!」
 慌てて二人は二人用のイスの端ギリギリまで離れる。
 そんな状態の二人にはおかまいなく、映画はクライマックスに向かって進んでいく。

 昔から知っていたはずの温もりが、なんだか昔とは違うように感じた。
 もう何年も抱き合う事もなかったせいか。
 幼い頃は、あいさつ替わりに抱き合う事はあったのに。
 それすら出来なくなったのは、いつからだろう。
 しばらくして、互いの胸の熱が落ち着いた頃。
 「あ、あのさ」
 「な、なに?」
 未だに怖がっている様子のウィンリィを見て、エドは自分でも信じられない事を言う。
 「手、貸す?」
 差し出した左手。
 さっきの出来事で、普段の調子が狂っているのだろうか。
 それとも、これも幼馴染の特権で、きっとウィンリィがこうして欲しいと思っていると感じたからか。
 もしくは、自分がそうしたかっただけだろうか……
 「……うん」
 ウィンリィは素直にエドの手を取り、握る。
 互いの間に置かれた互いの握り合う手。
 「エド」
 「なんだよ」
 「デートはしてない。断ったの。先に他の人と約束してるからって」
 ウィンリィはその後もまだ怖がっていたが、泣きそうな顔をする事はなかった。