Hand Made U


「じゃあ……一体なんで寝不足なんだよ?」
 エドは当たり前の質問をしながら、ウィンリィの少し後ろを歩く。
「それは……ちょっと、ね」
「なんか……あったのか?」
「別に? なにもないよ?」
 少しだけ振り向いて言ったウィンリィの、今まで見たことのない表情に、気にするなと自分に言い聞かせても、気になって仕方ない。
 なにか辛いことでもあったのだろうか?
 悲しいことでもあったのだろうか?
 考えれば考えるほど、そんな時に側にいてやれないことが悔やまれる。
 自分で決めて、ここを旅立ったのに。


 予定していた買い物より少しだけ多くなってしまった荷物。
 ウィンリィが半分持つというのを断り、エドが全て持って歩いた。
 帰り道を半分も過ぎると、陽もすっかり沈んで、周りは暗くなっていた。
「ばっちゃんとアル、待ってるだろうね」
 エドの少し前を歩きながら、何気なくウィンリィが声をかける。
 その声は、冬の冷たい空気に吸い込まれ、静かな田舎道に透き通るように響いた。
「あぁ……」
 ぶっきらぼうに返事をするエド。
 久しぶりに会えたのに、たわいのなさすぎる会話だな、とエドは思った。もっと話したいことがあったような気もするが、思い出せない。
「もっと気の利いた返事しなさいよね」
「オレに何求めてんだ」
「へへへっ」
 笑って誤魔化すウィンリィ。
 エドは自分は荷物持ち要員だと思ったようだが、ウィンリィは一言もそんなことは言っていない。
 ウィンリィがエドを連れてきた理由は、今のエドにはとても考えつかないだろう。
 会話なく過ぎゆく時間が勿体無い気がして、エドは必死に言葉を探す。
 浮かんだのは、二人に共通する人物のこと。
「アルがさ」
「うん」
「帰りたいって言い出したんだ」
「オレはアイツがそんな事言い出すとは思ってなかった……いや、もしかしたらオレが気づいてないだけで、アイツ、帰りたいってずっと思ってたのかもしれない」
 ウィンリィは少しだけ胸が痛んだ。
 どうやらアルはあの話をまだエドにはしていない様だった。
 それが逆に、エドを悩ませている。
 これは自分のワガママの所為だという事を伝えるべきか、否か。
 会いたくて会いたくて、仕方なかったと。
 アルに無理を言ったのは自分だと。
 本当は渡したい物も、会うための口実だったと。
「アルは……他に何か言ってた?」
「……ううん、何も」
「……そっか」
 ウィンリィはアルの優しさに、涙が出そうになる。
 目頭が熱くなるのを堪えた。
 反して指先の冷たさだけが鮮明になってくる。
 ウィンリィは焦って家を出てきたため、手袋を忘れていたのだ。
 両手を自分の口元に持っていき、擦り合わせながら息を吐く。
 それに気づいたエドが何を思ったのか、ウンリィの隣に来た。
「これから飯作んのに……そんな手じゃ出来ねぇだろ」
 差し出されたのは、エドが左手にはめていた手袋。
「……片方だけじゃ意味ないわよ」
 以外なエド行為に小さく感動しながらも、ありがとうの一言が出てこない。
「ないよりゃマシ」
「……そうね。じゃ、お言葉に甘えて」
「そっちの手も貸せ」
「?」
 今度は右手を掴まれる。
 おもむろに掴まれたかと思えば、今度はコートのポケットに手を一緒に差し入れられた。
「……」
「……」
 手袋をはめている左手。エドのコートのポケットの中で握られている右手。
 両方の手にはもう、さっきまでの冷たさは感じない。
 その両手よりも確かに熱くなっているのは、頬だった。
 薄暗くてお互いの顔さえはっきり見えないことに、二人は感謝した。
「……あったかい……」 
 ありがとうは素直に言えないけど、それ以上の気持ちを一言に託した。
 「は、腹減ってんだ……ほ、他に理由なんてないからなっ」
 本当は。
 触れたいのを我慢できなかった。
 後ろから見ていた背中が、小さく丸まっているのを見て、愛しくてどうしようもなくなってしまった。
 けれど今のエドにはこうするのが精一杯。
「わ、わかってるわよっ」
 ポケットの中で握られている手が熱い。
 これからこの手で料理するのが、少しもったいない気さえする。
 この温もりを、ほんの少しでも長い時間、とっておきたい。
「そういや、ここ最近まともな飯食ってなかったな〜」
 照れ隠しに声が少し大きくなってしまうが、沈黙よりはマシだとエドは会話を続ける。
「あんた達どんな生活してんのよ?」
「昨日まで調べ物してて食うの忘れてた」
「もう、ちゃんと食べなさいよね。だからいつまでたっても豆なのよ」
「豆言うな!」
「でも、ちょっとは伸びたんじゃない? 背」
 ウィンリィは今日エドを見つけた時から気づいていた。
 背が伸びていることに。
 いつも会うのが楽しみなのは、まだかろうじて自分の方が背が高いのを、エドがいつ追い越してくれるのかという期待もある。
 毎回会うたびに少しづつ大きくなっているのは、背だけではない。
 だんだん男らしくなっていくエドに会うと、ドキドキする。
 リゼンブールを旅立って、初めて戻って来た時は、声が低くなっていることに驚いたものだ。
「そうかな?」
 顔は見えないが、声は嬉しそうだ。
「ま、ミリ単位だとは思うけど」
「へっ、ウィンリィなんてすぐ追い越すぜ」
「何年先の話よ?」
「よっし! 今夜はいっぱい食うぞ〜!」
「じゃあ、少し多めに作らないとね」
「ヨロシク! オレの成長のために!」
「メンテ代に上乗せしとく♪」
「そースか」
 相変わらずなウィンリィに少し呆れるエド。
「あんまり、無茶ばっかしないでよ?」
「わかってるって、まだ壊してねぇし」
「まだって何よ、壊したら承知しないわよ。そうじゃなくて、心配してるんだから」
 「……え?」
 最後の一言に、思わず聞き返してしまう。
 心臓が跳ねた。
 深読みするなと自分に言い聞かせる。
 でも、掴んでいた手を握り返されてしまっては、深読みしない方が無理だ。  
「ばっちゃんも、近所の皆も」
 また誤魔化してしまった。
 ウィンリィは自分のこの性格にたまに嫌気が差す。
 素直に言えればどんなに楽だろう。
 “あたしはいつも心配してるの”と。
「心配なんてされる程のもんじゃねぇよ」
 二度とコイツのこういう態度には騙されまいと、何度誓ったことか。
 誓えば誓う程、騙されやすくなっている自分が悲しくなる。
 たまにかわいいと思えばすぐこれだ。
 しかしそれすらもかわいいと思うのは、やはり惚れた弱みか。


 ロックベル家の玄関前に着いても、二人はすぐに手を離せなかった。
 我に返ったエドが先に手を離したが、温もりは長く残っていた。


 → to be continued ...