鉛色の空


 焼け付くように胸が苦しくなったのは、サスケくんを助けられなかったそれだけじゃない。
 思い詰めて自分を責めるようなあいつの横顔を――見てしまったからだ。


 鉛色の空はここ数日、休むことなく雨を降らし続けている。
 もう何日目だろう。そんな他愛もないことを必死に考えてみても、私の思考はあの日で止まったままだった。
 強烈に刹那に切なく私の中に塊根を残しているのは誰でもない。間違いなく3年振りに会ったサスケくんだった。
 彼の姿、声、仕草。
 それらはずっと求め焦がれ続けてきたものだった。
 けれど確実に、少しづつ、私の中で何かが変わりつつある。
 何度も気づくきかっけはあったと思う。なのにこれまでの私ときたら、存在の全てをかけ、それら押さえ込んできたように思う。
 後回しにしても、いつか向き合わなくてはならない事だとわかっていたが、サスケくんに抱いていた想いは揺るがないものだと信じていた。
 彼のために必死だったことも、彼のために懸命になったことも、私が私として生きている証だと思っていたからだ。
 それなのに。
 もういい加減、自分の今の想いと向き合いなさい。あなたが踏み出さない限りこの雨はやまないのよ、とでも言いたげに、空からの雨はやみそうにない。
 私の心情を演出するにはちょっと重すぎる寒さで、着ているコートの下で冷えきった両腕をさすった。
 思えば私がくノ一として額当てをし始めた時に二人の少年が身近な存在になった。
 一人は、黒髪黒瞳の。
 もう一人は、金髪碧眼の。
 私は前者の――つまりサスケくんが大好きで。ずっとずっと、本当に大好きだったから、同じ班になれた時は心の底から嬉しかった。
 だから、あの忍者にしては派手すぎる金髪に、眩しすぎる青い瞳を持つ落ち着きのないアイツなんて、正直邪魔なだけだった。
 それなのに、私がいま会おうとしているのは後者の方。
 ただ言付けを頼まれただけだから大した用ではないけれど、休みの日に会うなんていつ振りだろうと、妙な新鮮さが嬉しかったりしてしまうのだ。ほらね。おかしいのよ、私。
 あいつに会うのが楽しみだなんて思うようなったのは、いつからだったろう。サスケくんに夢中だった頃からは想像も出来ない。
 それだけ私の中でナルトの存在が大きく確かなものになっているのだと――認めざるおえない。

 曲がり角をまがると、ナルトの住むアパートが見えてきた。
 家のドアをノックして声をかけたら、またデートの誘いと勘違いして出てくるに違いない。ほんと、バカなんだから。3年経っても中身がちっとも変わってない。相変わらず私に好意を向けてくれる。あれだけ煙たがっていたのに。でも今では向けられる好意が心地いいなんて思ってしまう私もいる。だって、いじらしくて可愛いのよ、アイツ。おかしいのは、人には好意を直球ストレートで向けてくるくせに他人から向けられる好意には鈍いこと。そして妙な場面で気が回る。そんんな、わかりやすくてわかりにくいのが、うずまきナルトだった。
 3年経ってそれに輪をかけたのか、あんな表情まで見せるようになって……だから、私は思考の迷路で迷子になっているんだわ。そうよ、全部アイツの所為。
 コートのフードを深くかぶって雨はしのげているけれど、寒さだけはどうしてもしのげず、私は再び両腕をさすった。
 着いたら、少しナルトの部屋で温まらせてもらおうと考えていた時、道の先に人を二人見つけて足が止まった。
 ナルトのアパートに近い道の端に、ナルトとヒナタが立っていた。
 ――何を話してるんだろう。
 そこまで考えて、咄嗟に小道へ身を隠す。
 ヒナタのナルトに対する気持ちは前々から知っていた。
 だから邪魔しちゃ悪いと思った。
 後ろめたいわけじゃないけど、何故か出て行きにくい。
 しばらく眺めていると、二人は笑い合った。
 ――何よ、普通に笑えるくらいには復活してるんじゃない。
 心配して損した。ついこの間までは絶望的な顔して声をあげて泣いていたくせに。
 確かにそのあと立ち直ったように見せて、いつもの強い瞳で諦めないって宣言していたけど。
 本当は、誰よりアンタが一番傷つきやすくて、引きずりやすいの、知ってるんだから。
 ――ヒナタに、励まされたのかな?
 そこまで考えると、何故だか急にナルトに声をかけたくなった。無意識に喉もとまで名前がこみ上げそうになったのをぐっと堪える。
 ――ナルト……。
 私は身を隠していた小道を目的なく歩く。
 ナルトに用があったのに。
 ただ一言声をかけて要件だけ告げてしまえば良かった。
 それだけなのに。
 私は被っていたフードがはがれ髪が雨で濡れ始めていることにも構わず、駆け出していた。