注:なんとなく続いてます。また続くかも





晴れゆく空


 ――今日の私、どうかしてるわ。
 少し冷静に考えればわかったはずだった。会うのを避けたって結局ここに来なくちゃいけないんだって。
しばらく走ってから我に返り、私はいまナルトの部屋のドアの前に立っている。
ノックをしなくてはならない手は、上がったまま宙で固まっていた。
 ――やっぱり変よ。今日の私、絶対に変。
 なんだか頭がぼんやりしてる気もする。もしかして熱でもあるのかしらと額に手を当ててみる。
 すると突然ドアが開いた。
「うわっ! っサクラちゃん!?」
 出てきたナルトの声にビクリと肩が上がる。
「ちょっと! 声がデカイわよバカ!」
「ご、ごめんなさ…つーか、どしたの? こんな時間に」
 ナルトは反射的に謝って遠慮がちに聞いてきた。
 私は目的を思い出す。
「はいコレ。綱手師匠から。次の任務の資料だから、今日中に読んでおくようにって」
「えー!? こんななげーの今日中に読まなきゃなんねぇの!? んなの無理だってばよ……」
「要点にだけ目を通しておけば大丈夫よ」
「そりゃサクラちゃんなら……」
 ナルトは話の途中で急に真顔になったかと思うと、私の顔をじっと見つめ始めた。
 こんなに見つめられたら、さすがの私も頬が熱くなってしまう。
「な、何よ。私の顔に――っ!?」
 何かついてるのかと聞く前に、ナルトの手が私の額にのばされていた。
思っていたよりも大きな手に一瞬ときめいてしまった。ナルト相手にときめいたって、乙女心の無駄遣いだってわかってるのに。
「熱なんてな――っ!?」
 私の反論なんておかまいなしに、ナルトは額を当ててきた。
「――やっぱりなぁ。前にも言ったろ? あんま無理しちゃダメだってば」
 これ以上乙女心は使いたくなかったけど、こればかりは不可抗力。
 普段はうるさいくらいなのに、掠れて少し低くなった声で、妙に優しく言うから、心臓が跳ねてしまう。
 ナルトは時々女の子なら勘違いしてしまうような言動をさらりとする。こういう所がすごく天然で、鈍い。
 それは優しさなんだけど、時々すごく怖くなる。
 だから少し大人の対応をしないと――私がもたない。
 ナルトは自分が自然にしたことのおいしさに気がついたのか、額をつけたまま嬉しそうに頬を染めてニヤニヤしてる。
「心配してくれるのは有り難いんだけど、いつまでやってんの、よっ!」
 鈍いお調子者にはみぞおちに制裁を。
 ドスっと重い音がしたけど、このくらいなら大丈夫。
「ふぐぁっ……ず、ずいまぜんでじだ……」
 ナルトは腹部を押えてうずくまっている。ちゃんと手加減してあげたのに。
「とにかくちゃんと読んでおくのよ。じゃあおやすみ。また明日ね」
 用件を終えた私はナルトに背を向ける。
 早く帰ろう。今日はあまり一緒に居ない方がいいと思う。
 ヒナタとのことがどうとかではないけど、ナルトが元気になったのなら、それでいいから。
「え? あ、あぁー、あの、ちょっと、待てってば! 待ってサクラちゃん!」
 立ち去ろうとした私の腕を、ナルトが掴んだ。
「何よ?」
 掴まれている手首から、必死さが伝わってくる。
「あのさ、えーっと、そうだ! 熱あるっぽいしさ! ちょっと休んでいった方がいいんじゃねぇかなぁー、なんて、さ」
「あんた、なんか企んでない?」
「そ、そ、そ、そんなことないってばよ!?」
「ま、いいわ。そのかわり、変なことしようもんなら……どうなるかは、わかってるわよね?」
「はい……オレもまだ死にたくねぇし」
「何か言った!?」
「オレ飲むもん買ってくっから中入って待ってて!」
 私が睨みつけると、ナルトは小雨になった空の下を駆け出して行った。
 鉛色は少しづつ青さを取り戻し始めている。
「お邪魔しまーす」
 誰もいない部屋に向かって挨拶する。
 ナルトには“お帰りなさい”とか“いってらっしゃい”と言ってくれる家族がいない。
 ――今日は私が言ってあげよう。
 そんなことを思いながら、私はナルトの帰りを待った。