注:サスケが里に戻ったその後の話を捏造。サスケが旅立ちます






旅立ちから始めよう


 冬があけたばかりだというのに日差しの強い朝だった。
 空は一点の曇りなく、鳥の鳴き声も澄んでいる。
 この里に思い入れのある者にとっては、今日という日が旅立ちには理想的なのかもしれない。
 サスケが里をしばらくの間離れることを二人に話したのは、ほんの数日前だった。
 やっと第七班、スリーマンセルを取り戻したばかりなのにと涙目でサクラが呟くと、サスケは何も言わずにその頭をすまないと言うように優しく撫でた。 
 対してナルトは怒りも悲しみも表情には出さず、お前ならいずれそうするだとうと思ったと、寂しそうに笑っただけだった。
 二人はサスケを止めようとはしなかった。
 サスケが一度決めたことに対して、わがままを言うほどもう二人は子供ではない。
 それに今回は旅立つというだけで、里を去るわけではないのだから。
 その違いが一番大きいのかもしれなかったが、それでもサスケがいない日常になることを二人はそれぞれに寂しく思った。
「いい天気ねぇ〜」
 寂しさを隠すように、サクラは明るい声で誰にともなく言った。
「もうすぐ春って感じだな〜。今年こそ花見に行きてぇなぁ〜」
 サクラに合わせるように、ナルトものん気な調子で空を見上げる。
 そんな二人の背中を、サスケは静かに見つめていた。
 出発の時間だけは伝えあったが、まさか家を出てすぐに二人が待ち伏せているとは思わなかった。同時に、自分がどれだけ二人に大切に思われているのかが身に染みた。
「ここでいい」
 門前まで着くと、サスケは二人の前に立った。
「サスケくん……いつ頃戻ってくるつもりなの?」
 サクラが不安げに瞳を揺らせた。
「来年の……今頃までには戻る」
「そんなにかよ!?」
 ナルトが耐えられず声を上げた。
「一年も旅に出て今更何するってンだよ! 修業なら里でだっていくらでも出来るじゃねぇか!! なんならオレがいつでも相手してやる! だからっ」
 勢いに任せそこまで言ったが、ナルトは言葉を飲み込んだ。
 行くな、とは言えない。
「いくつか、」
 ぽつりと、サスケが話し始める。
「旅に出て考えたいことがある。それは一人で考えるべきことだ。誰かの手を借りて悟れるようなことじゃない。オレの、オレ自身の問題だ」
 瞬間、二人は彼の兄であるイタチを思い出した。
 おそらく彼は、イタチの死によって自分の存在意義とか、そういった生きる上での芯がまだ完全に定まりきっていないのだろう。
 ナルトとサクラはそんなサスケの繊細な部分を知っているからこそ、この旅立ちは止めてはいけないと、頭の中では理解していた。
「ごめんね、サスケくん……それでも、あなたが行ってしまうのは、やっぱり寂しいよ……」
 涙もろいサクラは、寂しさに耐え切れず涙した。
 それを見てサスケは、やはり自分には彼女を泣かすことくらいしか出来ないのだと改めて思う。
 ――幸せには、しれやれないだろう。
「サクラ……オレがいない間、こいつがヘマしないよう見張っててくれ」
「うん」
 サクラは涙を拭いながら小さく頷く。
「ちょーっと待て! なぁんでオレがヘマする前提の話になってんだってばよ!」
「ふんっ。せいぜいオレが戻るまでに腕を上げておくんだな。火影の席を狙ってる奴は大勢いるはずだぜ」
「そんなこたぁわかってら!」
 ぷいっと、ナルトはそっぽを向いた。その仕草が、3年前をフラッシュバックさせ、サスケは口元を緩めた。
「それから、サクラ」
「なに?」
 サスケが何か言い淀んでいる雰囲気を察したナルトは、背を向けたままその場を少し離れ、二人の話が聞こえてこないだろう門の上まで飛び上がった。彼なりの気遣いだ。しかしその表情は、胸の奥にしまい込んでいる複雑な苦しみに堪えるように、切な気に少し歪んでいた。
「3年前、オレは……お前が好きだった」
 それは、今だから言える事実。
「今も……同じだ」
 サクラは驚きのあまり息を呑んだ。
 瞳を大きく見開いて、手で口元を覆う。
 しばらく沈黙が続いたが、サスケは静かにサクラの言葉を待った。
「……私も、あなたが大好きだった。何もかも捨てても、サスケくんの側に居たかった。……ありがとう」
 サクラは真っ直ぐにサスケを見る。
 サスケはサクラの瞳を見つめ返したが、そこには恥じらいも動揺もない。とても澄んだ清々しい瞳だった。
「……ったく。オレの負けだ。認めるのは癪だが」
 サスケの苦虫を潰したような表情に、サクラはくすくすと笑った。
「サスケ!!」
 ナルトの声と共に、サスケの目の前に何かが飛んできた。
 反射的にキャッチすると、それは木の葉の額当てだった。
 しかも中央には大きな傷がついている。
 これは3年前、サスケが置き去ったものだった。
「忘れもんだぜ」
 門の上から地に忍びらしく着地したナルトは、面白そうに口元を歪めている。
「どうせなら新しいのをよこせ、ウスラトンカチ」
「途中で野たれ死んだら、ただじゃおかねぇぞ」
「てめぇこそ、命を落とすような真似はしないよう、気をつけるんだな」
 売り言葉に買い言葉のようにも聞こえるが、これがナルトとサスケの不器用なコミュニケーションだ。
 互いに思いあっているのが感じられ、サクラは幸せそうに微笑んだ。
「さっさと行けってばよ! サクラちゃん、腹減ったから一楽寄って帰ろ?」
「朝ぱっらからそんなヘビーなの食えません。まったく、ちゃんとサスケくんに行ってらっしゃいくらいしろっての」
 二人のやりとりを見ていたサスケは、小さくため息を吐く。
「こんな奴のどこがいいんだか……まぁいい。ナルト、お前の勝ちだ」
「へ?」
「サ、サスケくん!」
「とにかく、オレが初めて負けを認めてやるって言ってるんだ。他の奴に取られてみろ……その時はすぐに奪い返してやる」
「はぁ? お前、何の話してんだ?」
「な、なんでもないの! なんでもないからナルトは気にしなくていいーから!」
 気になって仕方ないというナルトを必死に抑えるサクラ。
 それを見て珍しく、本当に珍しくサスケが小さく微笑んだ。


「それにしても、サスケの奴一体なんの話してたんだろ……」
 まったく身に覚えのないナルトは、腕を組んでうんうんと唸っていた。
 固まっているナルトを置いて、サクラは先に歩き出す。
「あんまり考えすぎるのやめなさい。あんたただでさえバカなんだから、知恵熱出るわよー」
「バカってなんだってばよ! サスケの野郎が変なこと言うから気になってこれじゃ眠れねぇってば……勝ったのは嬉しいけどさぁ」
 がっくりと肩を落とすナルト。
 サクラは立ち止まると、くるりと体をナルトの方へ反転させる。
 そして、意を決したように大きく息を吸った。
「あれはね、つまり……あたしが今から、あんたとデートしてあげてもいいかなっていうか、したいなって思ってるってこと」
 サクラはちらりとナルトに視線をやる。どんな反応をするだろうかと内心ドキドキしながら頬を染めていたのも――数秒の間だけ。
「え!? デート!? マジで!? でも、え? だからなんで??」
 ナルトの苦痛に満ちた叫び声が、爽やかな早朝の里に響き渡った。